オルカン vs S&P500
医療職のよくある相談に、数字で答える
「結局、オルカンとS&P500ってどっちがいいんですか?」——新NISAが始まってから、医療職の同僚や後輩に一番よく聞かれる質問です。たいていの答えは過去のチャートを2本並べて「S&P500のほうが伸びてますよ」で終わりますが、それだけでは大事なところが抜け落ちています。
この記事は、その相談に数字で答えます。先に結論を言うと、両者に差はあるけれど、語られるほど決定的ではありません。そして多忙で高所得な医療職にとっての本当の分かれ目は「どっちを選ぶか」ではなく、1本に決めて握り続けられるか、そして毎月いくら入れられるかです。
①過去の成績はS&P500が上回ってきたが、それは「事後的にそうなった」結果で将来は不確実。②リスクまで含めると差は名目ほど開かない。③オルカンは中身の6割超が米国株で両者は大きく重複→両方持っても分散にならない。④為替はどちらも実質ドル中心。⑤信託報酬の差はほぼ誤差。だからどちらか1本に決めて、非課税枠と入金・継続に力を注ぐのが高税率の医療職には合理的です。
まず、比べている2本を確認する
この記事で扱うのは、医療職の積立で実際によく選ばれている代表的な2タイプです。教育的な作例として、一般名で整理します(特定商品の売買を勧めるものではありません)。
- オルカン(全世界株式):世界中の株式に分散する指数(MSCI ACWIなど)に連動するインデックスファンド。1本で先進国・新興国をまるごと持つイメージ。
- S&P500(米国株式):米国の主要約500社で構成される指数に連動するインデックスファンド。アメリカ1国に集中する。
どちらも「低コストで世界(または米国)の株式市場をまるごと買う」という発想は同じです。違いは「米国だけに賭けるか」「世界に広げるか」——よくそう説明されますが、後で見るようにこの対比は実はかなり曖昧です。
① 過去はS&P500が上だった。でも「将来も」とは言えない
過去十数年〜20年の長期データを円ベース・配当込みで見ると、年率リターンはおおむねS&P500のほうが高く出ています。これは事実として認めるべきです。年率で1〜2%の差でも、20年・30年の複利では最終資産にそれなりの開きを生みます。
ただし、ここを冷静に。これは「事後的に、たまたまその期間は米国が勝った」という観測記録であって、次の20年を保証するものではありません。過去20年は米国の巨大テック企業が世界の時価総額上位を独占していった時期とほぼ重なります。S&P500の好成績は、その一回限りの歴史を米国株が引き当てた結果でもあります。
視点を変えると景色は変わります。たとえば1989年末には、世界の株式時価総額の約4〜5割を日本が占めていました。当時「全世界株式」を買えば中心は日本株で、その後の30年がどうだったかは周知の通りです。2000年代前半の米国株も、円ベースでは長く横ばい〜マイナスでした。
「S&P500は過去◯年で年率◯%」という数字は、その期間に米国が勝ったという記録であって、次の20年の予言ではありません。オルカンを選ぶのは「米国が今後も勝つほうに賭けない」、S&P500を選ぶのは「米国の優位が続くほうに賭ける」——どちらも賭けである点は変わりません。
② リスクまで含めると、差は名目ほど開かない
「S&P500のほうが伸びている」という比較は、リターン(どれだけ増えたか)しか見ていません。投資では、もう一つの軸——リスク(値動きのブレ幅)をセットで見る必要があります。同じだけ増えるなら、ブレが小さいほうが効率がよい、という考え方です。
このリターンとリスクを一緒に測る代表的な物差しがシャープレシオです。「リスク1単位あたり、どれだけリターンを得たか」を表す投資効率の指標で、ざっくり言えば次の式です。
シャープレシオ = (リターン − 無リスク金利)÷ 標準偏差(=値動きのブレ幅)。同じリターンなら、ブレが小さいほど数値が高くなる=効率がよいと読みます。日本の無リスク金利は長くゼロ近傍だったので、ここでは0%と置いて感覚をつかみます。
過去の長期データで両者を並べると、傾向はこうです(起点・終点の取り方で動くので「桁感」として見てください)。
| 指標(円ベース・配当込み・長期の目安) | オルカン(全世界株) | S&P500(米国株) |
|---|---|---|
| 年率リターン | おおむね 8〜9% | おおむね 10〜11% |
| 標準偏差(値動きのブレ幅) | 16〜18% 前後 | 17〜19% 前後 |
| シャープレシオ(無リスク金利0%) | 0.5 前後 | 0.55〜0.6 前後 |
| 暴落時の最大下落率(リーマン級) | 概ね −50%超 | 概ね −50%超 |
※指数の長期水準を保守的なレンジで示したもの。特定の起点・終点や為替で数値は大きく動きます。将来を保証するものではありません。
読み取れることは2つです。第一に、たしかにS&P500のほうがリターンは高い。第二に、しかしS&P500はリターンが高いぶんブレ(標準偏差)もやや大きい。リスクで割り戻したシャープレシオで見ると、両者の差は「年率2%」という名目の印象よりずっと小さく圧縮されます。
そして暴落局面。世界同時株安では、世界株も米国株も同じように半値近くまで削られます。「全世界に分散しているから暴落に強い」というほどの差は、過去のデータには見当たりません。つまり正確には「S&P500のほうが効率的に増やせた」ではなく、「S&P500のほうがリスクを取って、そのぶんリターンも取れた」のです。
③ オルカンの6割超は米国株。だから両建ては無意味
ここが、見落とされがちで一番大事なポイントです。オルカンとS&P500は、中身がかなり重複しています。
全世界株指数(MSCI ACWI)の構成比は、足元でその6割超が米国株です(時点で変動します)。世界の株式時価総額に占める米国のウェイトが高いため、「全世界」を買っても自動的に過半が米国になるのです。さらに、オルカンの組入上位には、S&P500の上位とほぼ同じ顔ぶれ(Apple、Microsoft、NVIDIAなど)が並びます。
整理すると——
- オルカンを買う = 米国株を6割超、残りで米国以外の先進国+新興国を持つ
- S&P500を買う = 米国株を100%持つ
つまり両者の違いは「残りの3〜4割をどうするか」だけ。「分散したいからオルカン、集中したいからS&P500」という対比はよく語られますが、実態としてオルカンも過半は米国集中なのです。
オルカンとS&P500を両方持つと、重複する米国の6割超を二重に持つだけ。それは「分散」ではなく「同じものの買い増し」に近く、米国比率がさらに高まります。リスクを下げる効果はほとんどありません。どちらか1本に決めるほうが、管理もシンプルで握り続けやすくなります。
④ 為替はどちらも「実質ドル中心」
「オルカンは全世界だから為替分散になる」もよく聞きますが、これも半分しか正しくありません。
オルカンの6割超は米国株、つまりドル建て資産です。残りにユーロ・ポンド・新興国通貨が混ざるので、ファンド全体ではドルが中心ながら、わずかに通貨が分散されます。一方S&P500は当然100%ドル資産です。
- S&P500:為替リスクはほぼ「円/ドル」一本。円安ならプラス、円高ならマイナスがそのまま効く。
- オルカン:中心はドルだが、他通貨も混ざるぶん通貨分散がわずかに効く。
ただしこの差は「わずかに」の範囲です。為替ヘッジなしの株式インデックスである以上、どちらを選んでも円換算の評価額は為替に揺さぶられ続けます。オルカンを選んでも円高の痛みから逃れられるわけではない、と理解しておきましょう(為替の基本は投資信託の選び方でも触れています)。
⑤ 信託報酬の差は、複利でもほぼ誤差
「コストが安いほうがいい」は正しい原則です。ただ、オルカンとS&P500の低コストインデックス同士の比較では、信託報酬の差はほぼ勝負を分けません。両者とも年0.1%を下回る水準で、差は年0.02〜0.03%程度。これを月10万円・年率5%・30年で複利展開しても、最終資産への影響はおおむね0.5%未満にとどまります。
| 項目 | 低コストインデックス同士 | 高コストアクティブと比べると |
|---|---|---|
| 信託報酬(年率の目安) | どちらも 0.1%未満 | 年1.0〜1.5% も珍しくない |
| 両者の差 | 年0.02〜0.03%(=ほぼ誤差) | 年1%超(=決定的に効く) |
| 30年後の最終資産への影響 | おおむね0.5%未満 | 長期で資産を大きく削る |
気にすべきコストの差は「オルカン vs S&P500」の0.02%ではなく、「低コストインデックス vs 高コストアクティブ」の年1%超のほうです。窓口で勧められる信託報酬の高い商品を避けることのほうが、長期では桁違いに重要。コストの考え方は投資のきほんもあわせてどうぞ。
高税率の医療職こそ「非課税枠」を使い切る
ここで、医療職ならではの論点を一つ。通常、株式や投資信託の運用益・分配金には約20.315%の税金がかかります(所得税15%+復興特別所得税+住民税5%)。ところがNISA口座の中で運用すれば、この利益が非課税になります。
ここが高所得層にとって効きます。同じ利益でも、課税口座なら約2割が税で消え、NISAなら丸ごと手元に残る。新NISAは年間360万円・生涯1,800万円まで非課税です。所得税率の高い医療職ほど「課税口座で増やす」のと「非課税で増やす」の差は相対的に大きく感じられます。
「オルカンかS&P500か」で何ヶ月も迷うより、まずNISAの非課税枠を埋めることを優先しましょう。商品の選択は、その非課税の器の中で1本決めれば十分です。手取りからいくら積み立てるかは医療職のNISA・iDeCo入門で逆算しています。
医療職こそ「1本に決めて握り続ける」
ここまでの数字を、医療職の働き方に落とし込みます。私たちは日勤・夜勤・当直に追われ、相場を毎日チェックしたり、流行りの商品に乗り換えたりする時間も気力もありません。でも、それは投資ではむしろ有利に働きます。
インデックス投資で最終資産を毀損する最大の原因は、銘柄選びのミスより「迷って乗り換えること」「暴落で積立を止めること」です。商品を頻繁に変えれば、その都度タイミングを外し、積立が途切れます。オルカンとS&P500の名目リターン差より、こうした行動のブレのほうが、最終資産にずっと大きく効きます。
「米国が今後も勝つほうに賭けたい」ならS&P500、「わからないことに賭けたくない」ならオルカン——どちらでも構いません。大事なのは、決めたら1本に絞り、乗り換えず、暴落でも積立を止めずに握り続けること。一度設定すれば、夜勤明けでも当直中でも自動で資産が育ちます。選ぶのは一度きり、続けるのは数十年です。
最後に効くのは「入金力と継続」
そして、医療職にとって最も重要な事実を。最終資産を支配するのは、商品選びより入金力と継続です。
たとえば年率5%固定なら、月5万円の積立より月10万円の積立のほうが、同じゴールに到達する時間は10年以上短くなります。一方、オルカンとS&P500の名目リターン差(年率2%前後)が30年の資産に効く度合いより、月の積立額を数万円増やせるかどうかのほうが、多くの人にとって支配的な変数です。
医療職は、夜勤手当や当直手当、資格手当を含めれば、同年代の平均より相対的に入金力を作りやすい職種です。だからこそ「オルカンかS&P500か」で何ヶ月も迷うより、どちらか1本を今日決めて、毎月の積立額をひと回り増やすほうが、ゴールにずっと早く近づきます。
まとめ
- 過去の名目リターンはS&P500が上回ってきた。ただし事後的な観測結果で、将来は保証されない。
- リスク(ブレ幅・暴落時の下落率)まで含めると、両者の差は名目ほど開かない。暴落時はどちらも半値近く。
- オルカンの6割超は米国株。両者は大きく重複し、両建ては分散にならない。1本に絞る。
- 為替はどちらも実質ドル中心。オルカンの通貨分散効果は「わずかに」の範囲。
- 信託報酬の差はほぼ誤差。気にすべきは「低コスト vs 高コストアクティブ」のほう。
- 高税率の医療職ほどNISA非課税(運用益への約20.315%が非課税)の価値が大きい。まず非課税枠を優先。
- 医療職は多忙だからこそ1本に決めて握り続ける。最後に効くのは入金力と継続。
「オルカンとS&P500、どっちがいい?」に雰囲気で答える前に、リスク調整後の数字と、中身の重複を思い出してください。差はあるけれど決定的ではない——だからこそ、選択に消耗せず、非課税枠と入金・継続にエネルギーを使いましょう。
出典:金融庁「新しいNISA」制度の概要(https://www.fsa.go.jp/policy/nisa2/about/index.html)/国税庁「No.1463 株式等を譲渡したときの課税(申告分離課税)」(https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1463.htm)/MSCI「MSCI オール・カントリー・ワールド指数(ACWI)」指数の構成・国別比率(https://www.msci.com/japan/indexes/acwi)/S&P Dow Jones Indices「S&P 500」指数の概要(https://www.spglobal.com/spdji/jp/indices/equity/sp-500/)/myINDEX「インデックスデータ(長期リターン・リスク・シャープレシオ)」(https://myindex.jp/)
本記事は一般的な金融情報の解説であり、特定の金融商品の購入・売却を推奨するものではありません。記載の数値は過去の長期水準を保守的なレンジで示した目安で、起点・終点や為替により変動し、将来の運用成果を保証しません。投資には元本割れのリスクがあります。投資判断はご自身の責任で行ってください。