制度・節約上級者向け

相続・贈与の基礎知識
医療職が知っておくべき節税と手続き

2026年6月9日 更新 / メディカルマネー編集部 / 監修:黒田律(内科医・産業医)

「親が高齢になってきたけど、相続の準備って何をすればいい?」「開業医の父から医院を引き継ぐとき、税金はどうなる?」「子どもの教育資金を親から援助してもらうと贈与税がかかる?」——医療職は平均年収が高い分、相続財産が大きくなりやすく、何も対策をしなければ数百万円単位の税負担が発生することがあります。

一方で、相続税・贈与税には基礎控除や各種特例が数多く用意されており、正しく知っているだけで合法的に税負担を大きく減らせます。特に2024年(令和6年)の税制改正で暦年贈与と相続時精算課税のルールが大きく変わったため、最新の制度を押さえておくことが重要です。

この記事では、相続税の基本から贈与の活用法、生命保険の非課税枠、小規模宅地等の特例、さらに医院承継まで、医療職が知っておくべき相続・贈与の知識を一次情報(国税庁タックスアンサー・相続税法)にもとづいて解説します。

この記事のゴール

相続税と贈与税の基本的な仕組みを理解し、自分の家族に使える節税手段を把握できるようになること。「知らなかったから損をした」を防ぐための知識の土台を築きます。

相続税の基本 — 基礎控除と税率

相続税は、亡くなった方(被相続人)の財産を相続した人にかかる税金です。ただし、すべての相続に課税されるわけではありません。基礎控除を超えた部分にだけ税金がかかります。

基礎控除の計算式

相続税の基礎控除は次の式で計算します。

💡基礎控除額

3,000万円 + 600万円 × 法定相続人の数

たとえば配偶者と子ども2人(法定相続人3人)の場合、基礎控除は3,000万円 + 600万円 × 3 = 4,800万円。遺産総額がこの金額以下なら相続税はゼロです。

国税庁の統計によると、相続税の課税対象となるのは亡くなった方全体の約9%。つまり約9割の人は相続税がかからない計算です。しかし、医師や薬剤師など高年収の医療職は、退職金・不動産・金融資産が蓄積されやすく、基礎控除を超えるケースが少なくありません。

配偶者の税額軽減

配偶者が相続する場合、1億6,000万円まで、または法定相続分のどちらか多い方まで非課税になります(相続税法19条の2)。たとえば遺産が1億円で配偶者がすべて相続しても、配偶者の相続税はゼロです。

ただし、配偶者に財産が偏ると二次相続(配偶者が亡くなったとき)で子どもに重い税負担がかかるため、一次相続と二次相続をセットで考える必要があります。

相続税の税率(速算表)

相続税は法定相続分に応じた取得金額に対し、以下の累進税率が適用されます。

法定相続分に応じた取得金額税率控除額
1,000万円以下10%
3,000万円以下15%50万円
5,000万円以下20%200万円
1億円以下30%700万円
2億円以下40%1,700万円
3億円以下45%2,700万円
6億円以下50%4,200万円
6億円超55%7,200万円

出典:国税庁 No.4155「相続税の税率」

最高税率は55%と非常に高く、大きな財産を残す場合には事前の対策が不可欠です。

暦年贈与 — 110万円ルールと2024年改正

相続税対策の王道が暦年贈与です。毎年1月1日〜12月31日の間に贈与された財産のうち、年間110万円までは基礎控除として非課税になります(相続税法21条の5)。

暦年贈与の基本

  • 基礎控除110万円は受贈者(もらう側)1人あたりの枠。子ども2人に110万円ずつ贈与すれば、年間220万円を非課税で移転できる
  • 配偶者から、親から、祖父母からなど、複数の贈与者からもらった合計が110万円を超えると課税される点に注意
  • 110万円以下なら贈与税の申告自体が不要

2024年改正:生前贈与の加算期間が3年から7年に

2024年(令和6年)1月1日以降の贈与から、大きなルール変更がありました。

重要な改正点

従来は、相続開始前3年以内の暦年贈与が相続財産に加算されていましたが、2024年改正で7年以内に延長されました。つまり、亡くなる前7年間に行った暦年贈与は、相続税の計算に含まれることになります。

ただし、延長された4年分(4〜7年前の贈与)については、合計100万円までは加算しない経過措置があります。

この改正により、暦年贈与は「早く始めるほど有利」という性格がさらに強まりました。70代で始めるより50代・60代で始めたほうが、7年の加算期間に引っかかりにくくなります。

改正前(〜2023年)改正後(2024年〜)
加算期間相続前3年以内相続前7年以内
経過措置なし延長4年分は合計100万円まで加算なし
影響高齢期の贈与に不利さらに早期の開始が重要に

出典:国税庁「令和5年度税制改正について」/ 財務省「令和6年度税制改正の大綱」

相続時精算課税 — 新設された基礎控除110万円

暦年贈与とは別に、相続時精算課税制度という選択肢があります。60歳以上の親・祖父母から18歳以上の子・孫への贈与について、累計2,500万円までは贈与時に贈与税がかからず(特別控除)、相続時にまとめて精算する制度です。

2024年改正で「年110万円の基礎控除」が新設

2024年改正の目玉のひとつが、相続時精算課税に年間110万円の基礎控除が新設されたことです。

💡改正後の相続時精算課税

毎年110万円までは基礎控除として贈与税も相続税もかからない(相続財産に加算されない)。110万円を超えた部分は従来どおり累計2,500万円の特別控除を使え、さらに超過分には一律20%の贈与税がかかる(相続時に精算)。

暦年贈与相続時精算課税(改正後)
年間の基礎控除110万円110万円(新設)
特別控除なし累計2,500万円
相続財産への加算相続前7年以内の贈与を加算基礎控除(年110万円)分は加算なし
制度変更いつでもやめられる一度選ぶと暦年贈与に戻れない
申告110万円以下なら不要110万円以下でも初回に届出が必要

改正後は、相続時精算課税を選択しても毎年110万円までの贈与は相続財産に加算されないため、暦年贈与の7年加算ルールを回避できる有力な選択肢になりました。ただし、一度選択すると暦年贈与には戻れないため、慎重な判断が必要です。

どちらを選ぶべきか

贈与者(親)が比較的若く長期間にわたって贈与できるなら、暦年贈与が柔軟。一方、贈与者が高齢で7年加算のリスクが高い場合や、まとまった額を一度に移転したい場合は、相続時精算課税の方が有利になるケースがあります。個別の判断は税理士への相談を推奨します。

教育・住宅の特例贈与

通常の暦年贈与・相続時精算課税とは別に、特定の目的に限定した非課税特例があります。子育て世代の医療職にとって特に関係が深い2つの特例を押さえておきましょう。

教育資金の一括贈与(1,500万円まで非課税)

30歳未満の子・孫に対して、教育資金として最大1,500万円まで一括で贈与しても非課税になる特例です(租税特別措置法70条の2の2)。

  • 金融機関に教育資金口座を開設し、一括で入金
  • 学校の授業料・入学金は1,500万円まで、学校以外(塾・習い事)は500万円まで
  • 2026年3月31日までの延長が決定
  • 30歳到達時に残額があれば贈与税が課税される
  • 贈与者が死亡した場合、受贈者が23歳未満または在学中であれば相続財産に加算されない

子どもの医学部進学を想定している医師家庭では、私立医学部の学費(6年間で2,000万〜4,000万円超)のうち1,500万円分を非課税で準備できる有効な手段です。ただし、都度贈与(必要な時にその都度学費を払う)であれば、そもそも贈与税はかかりません(扶養義務者間の通常の教育費)。一括でまとまった金額を移転したい場合に特例が活きます。

教育資金の計画的な準備については、教育資金の備え方もあわせてお読みください。

住宅取得等資金の贈与(最大1,000万円まで非課税)

父母・祖父母から、住宅の新築・取得・増改築のための資金贈与を受けた場合、次の金額まで非課税になります(租税特別措置法70条の2)。

住宅の種類非課税限度額
省エネ等住宅(断熱等級4以上等)1,000万円
それ以外の住宅500万円
  • 受贈者の年齢は18歳以上、合計所得金額は2,000万円以下
  • 2026年12月31日までの適用
  • 暦年贈与の110万円と併用可能(合計で最大1,110万円を非課税で贈与できる)

住宅購入を検討中の医療職で、親からの資金援助が見込める場合は、この特例を活用することで頭金を大きく確保でき、住宅ローンの借入額を抑えられます。

生命保険の非課税枠 — 節税ツールとしての活用

意外と見落とされがちですが、生命保険金(死亡保険金)には相続税の非課税枠があります。

💡生命保険の非課税枠

500万円 × 法定相続人の数

たとえば法定相続人が3人なら、1,500万円までの死亡保険金は相続税がかかりません。

なぜ節税ツールになるのか

現金で1,500万円を持っていれば、そのまま相続税の課税対象になります。しかし、同じ1,500万円を生命保険料として払い込み、死亡保険金として受け取れば非課税枠で丸ごと相続税がかからないのです。

  • 契約形態:被保険者=被相続人、保険料負担者=被相続人、受取人=相続人、の形が非課税枠の対象
  • 終身保険が一般的。払込済みの終身保険なら、いつ相続が発生しても確実に死亡保険金が支払われる
  • 受取人を指定できるため、遺産分割のトラブルを回避する手段にもなる(保険金は受取人固有の財産)
注意点

非課税枠を超える部分は通常どおり相続税の課税対象です。また、契約者(保険料負担者)・被保険者・受取人の組み合わせによって、相続税ではなく所得税や贈与税がかかるケースがあります。必ず契約形態を確認してください。

生命保険の基本的な選び方については、生命保険・医療保険の選び方で詳しく解説しています。

小規模宅地等の特例 — 自宅と医院の評価減

被相続人が住んでいた自宅や、事業に使っていた土地は、相続税の評価額を大幅に減額できる特例があります。医療職、特に開業医にとって非常に重要な制度です。

区分対象限度面積減額割合
特定居住用宅地等被相続人の自宅の土地330平方メートルまで80%減額
特定事業用宅地等被相続人の事業用(医院等)の土地400平方メートルまで80%減額
貸付事業用宅地等賃貸アパート等の土地200平方メートルまで50%減額

自宅の評価減(特定居住用宅地等)

たとえば、路線価で8,000万円の自宅の土地が330平方メートル以下であれば、評価額を80%減額して1,600万円として計算できます。適用を受けるには、配偶者が相続するか、同居していた親族が申告期限まで住み続けることなどの要件があります。

医院の土地の評価減(特定事業用宅地等)

開業医が個人で運営する医院の敷地は「特定事業用宅地等」として、400平方メートルまで80%減額が可能です。後継者(子の医師等)がその事業を引き継ぎ、申告期限までその土地で事業を継続することが要件です。

居住用(330平方メートル)と事業用(400平方メートル)は完全併用が可能で、合わせて最大730平方メートルまで80%減額を受けられます。

💡個人医院の承継と法人化の違い

個人開業医の医院は「特定事業用宅地等」の対象ですが、医療法人の場合は「特定同族会社事業用宅地等」(400平方メートル、80%減額)の対象となり、要件が異なります。医院承継を考える際は、個人のまま承継するか、事前に法人化するか、税理士と相談のうえ判断しましょう。

医療職が今からやるべきこと

相続・贈与の対策は「早く始めるほど効果が大きい」のが鉄則です。医療職の特性を踏まえ、今からできることを整理します。

ステップ1:財産の棚卸しをする

まず現時点の資産を把握しましょう。預貯金、有価証券(NISA・iDeCo含む)、不動産(自宅・投資用)、生命保険、退職金の見込み額。合計が基礎控除額(3,000万円 + 600万円 × 法定相続人数)を超えそうかどうかが最初の分岐点です。

ステップ2:暦年贈与を始める

7年加算ルールがある以上、早期に開始するほど有利です。子どもや孫が複数いれば、1人あたり年110万円を非課税で移転できます。毎年の贈与契約書を作成し、銀行振込で記録を残すのがポイントです。

ステップ3:生命保険の非課税枠を埋める

法定相続人の数 × 500万円の非課税枠が使い切れていない場合は、終身保険への加入を検討しましょう。一時払い終身保険であれば、まとまった資金を一度で保険に移せます。

ステップ4:特例贈与を検討する

子どもの教育資金や住宅取得が予定されているなら、教育資金一括贈与(1,500万円)や住宅取得資金贈与(最大1,000万円)の活用を検討します。いずれも期限がある制度のため、適用期限内に手続きを行う必要があります。

ステップ5:専門家に相談する

特に以下に該当する場合は、相続に詳しい税理士への相談を強く推奨します。

  • 遺産総額が基礎控除を超えそうな場合(高年収の医師・薬剤師は要注意)
  • 開業医で医院の承継を考えている場合(個人 vs 法人化の判断)
  • 不動産を複数所有している場合(評価方法が複雑)
  • 相続時精算課税を選択するかどうか迷っている場合(一度選ぶと戻れない)

生涯の資産推移を確認 → 資産シミュレーター

まとめ

  • 相続税の基礎控除は3,000万円 + 600万円 × 法定相続人数。配偶者は1億6,000万円まで非課税
  • 暦年贈与は年110万円まで非課税。2024年改正で相続前7年以内の贈与が加算対象に(従来は3年)
  • 相続時精算課税に年110万円の基礎控除が新設。加算対象にもならないため、高齢者からの贈与に有利。ただし暦年贈与に戻れない
  • 教育資金一括贈与は1,500万円まで非課税(2026年3月末まで)。住宅取得資金贈与は省エネ住宅1,000万円まで(2026年12月末まで)
  • 生命保険の非課税枠は500万円 × 法定相続人数。現金を保険に置き換えるだけで節税になる
  • 小規模宅地等の特例で自宅は330平方メートルまで80%減額、医院は400平方メートルまで80%減額
  • 医療職は高年収ゆえ相続財産が大きくなりやすい。暦年贈与は早く始めるほど有利

相続・贈与の対策は「まだ先の話」と思いがちですが、7年加算ルールの導入により、早めの行動が以前にも増して重要になっています。まずは財産の棚卸しから始め、自分の家庭に使える制度を確認しましょう。

節税全体の見取り図は 医療職の節税対策すべて、保険の基本は 生命保険・医療保険の選び方、教育費の計画は 教育資金の備え方 もあわせてご覧ください。


本記事は2026年(令和8年)時点の制度にもとづく一般的な情報です。相続税の基礎控除と税率は相続税法15条・16条、暦年贈与の基礎控除は同法21条の5、2024年改正(7年加算・相続時精算課税の基礎控除新設)は令和5年度税制改正法、教育資金一括贈与は租税特別措置法70条の2の2、住宅取得資金贈与は同法70条の2、小規模宅地等の特例は租税特別措置法69条の4によります。個別の相続・贈与の判断は税理士等の専門家および公式情報をご確認ください。本記事は税務の助言ではありません。

監修・運営:黒田 律(くろだ りつ)

内科医・産業医(医師8年目)/投資家

地方の病院で内科診療を続けながら、産業医として「働く人の心身とお金」に向き合う医師。記事は税・制度などを公的な一次情報で確認し、医療・制度面を監修しています。運営者・編集方針について →