医療職の退職金
一時金と年金、どちらが有利か
「退職金は一括でもらうのと、年金として分割でもらうのと、どっちが得なんだろう」——転職や定年が視野に入ると、一度は考える疑問です。
医療職は転職が多い業界です。病院間の異動、クリニックへの転身、開業、あるいは他業種への転職。そのたびに退職金を受け取る機会がありますが、受け取り方ひとつで手取りに数十万〜数百万円の差がつくことがあります。
この記事では、退職所得控除のしくみと税金の優遇を解説したうえで、一時金と年金のどちらが有利かを比較します。
退職金にかかる税金の計算方法を理解し、自分の勤続年数で「一時金」と「年金」のどちらが有利かを判断できるようになること。
退職金にかかる税金の基本
退職金を一時金(一括)で受け取る場合、税金の計算は給与とはまったく別の仕組みになります。「退職所得」として分離課税され、2つの大きな優遇措置があります。
- 退職所得控除:勤続年数に応じた大きな非課税枠がある
- 1/2課税:控除後の金額をさらに半分にして税率を適用する
つまり、退職金は給与と比べてかなり税金が軽いのです。
退職所得控除の計算
勤続20年以下:40万円 × 勤続年数(最低80万円)
勤続20年超:800万円 + 70万円 ×(勤続年数 − 20年)
勤続年数は1年未満の端数を切り上げます(3年6か月なら4年として計算)。
| 勤続年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 5年 | 200万円 |
| 10年 | 400万円 |
| 15年 | 600万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 25年 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 |
| 38年(新卒〜60歳定年) | 2,060万円 |
退職所得の計算
退職所得 =(退職金 − 退職所得控除額)× 1/2
この退職所得に対して、所得税の累進税率(5〜45%+復興特別所得税2.1%)と住民税10%がかかります。
具体例:看護師(勤続12年)で退職金400万円の場合
- 退職所得控除:40万 × 12年 = 480万円
- 退職所得:(400万 − 480万)× 1/2 = 0円(控除が退職金を上回る)
- 税金:0円
この場合、退職金400万円がまるまる手取りになります。勤続年数がそれなりにあれば、中小規模の病院の退職金は非課税で受け取れることが多いのです。
具体例:勤務医(勤続25年)で退職金2,000万円の場合
- 退職所得控除:800万 + 70万 × 5年 = 1,150万円
- 退職所得:(2,000万 − 1,150万)× 1/2 = 425万円
- 所得税:425万に累進税率を適用 → 約37.2万円(税率20%の区間・復興税込み)
- 住民税:425万 × 10% = 42.5万円
- 税金合計:約79.7万円
- 手取り:2,000万 − 約80万 ≒ 約1,920万円(手取り率96%)
2,000万円の退職金に対して税金はわずか約80万円。退職所得控除と1/2課税のおかげで、手取り率は96%にもなります。同じ金額を給与で受け取ったら、税金と社会保険で数百万円引かれることを考えると、退職金の税制優遇がいかに大きいかがわかります。
2022年(令和4年)以降、勤続5年以下で退職所得控除を超える部分が300万円を超える場合は、1/2課税が適用されません(短期退職手当等)。短期間で転職を繰り返す場合は注意が必要です。
一時金 vs 年金:どちらが有利か
退職金の受け取り方には、大きく分けて一時金(一括)と年金(分割)の2つがあります。勤務先によっては両方を組み合わせられる場合もあります。
一時金のメリット
- 退職所得控除+1/2課税の大きな税制優遇を受けられる
- 受け取ったお金を自分で運用できる(NISAなどの非課税枠を活用)
- 住宅ローンの繰り上げ返済に充てるなど、使途の自由度が高い
- 社会保険料がかからない
年金のメリット
- 運用を退職金制度(企業年金)に任せられる(運用利率が保証されている場合)
- 一度に大金を受け取ると使いすぎるリスクを避けられる
- 「公的年金等控除」の枠を使える
年金のデメリット
- 年金として受け取ると「雑所得」として、公的年金と合算して課税される
- 所得が増えるため、国民健康保険料や介護保険料が上がる
- 年金受給中に制度が変わるリスクがある
退職所得控除と1/2課税の優遇は非常に大きく、さらに年金受け取りでは社会保険料の負担増もあるため、多くの場合は一時金で受け取るほうが手取りの総額は大きくなります。ただし、退職金の運用利率が高い(年2%以上など)場合は、年金のほうが有利になることもあります。
比較のイメージ
| 一時金(一括) | 年金(分割) | |
|---|---|---|
| 税制 | 退職所得(分離課税) | 雑所得(総合課税) |
| 控除 | 退職所得控除 + 1/2 | 公的年金等控除 |
| 社会保険料 | かからない | 国保・介護保険が上がる |
| 運用 | 自分で判断 | 制度の利率で運用 |
| 資金の自由度 | 高い | 低い(分割で受領) |
医療職ならではの退職金事情
「基本給連動型」が多い
医療機関の退職金は、退職時の基本給 × 勤続年数に応じた係数で計算されることが大半です。つまり、基本給が低くて夜勤手当で稼ぐ構造の職場は、退職金でも不利になります。
これは 手取りの記事 で解説した「基本給が低くて手当が厚い」構造の落とし穴と同じです。月給の総額だけでなく、基本給そのものの水準が、退職金という長期的な報酬にも直結します。
転職が多い=控除枠が分散する
医療職は転職が多い業界ですが、退職所得控除は「勤続年数」で決まります。同じ通算勤続年数でも、1つの職場に長くいたほうが控除枠は大きくなります。
前の職場を退職してから4年以内に次の職場を退職した場合、退職所得控除の計算で重複する勤続期間が調整されます。転職間隔が短い人は、思ったより控除枠が小さくなることがあります。
企業型DC・退職金共済の場合
大規模な病院グループでは、退職金の一部または全部を企業型確定拠出年金(企業型DC)で運用している場合があります。企業型DCの資産は60歳以降に受け取りますが、一時金として受け取れば退職所得控除が使えます。
また、中小規模の医療機関では中小企業退職金共済(中退共)に加入していることが多く、この場合は退職時に中退共から直接支払われます。
転職前に確認しておくこと
- 退職金の算定方法:基本給連動か、ポイント制か、確定拠出か
- 支給率表(係数表):勤続年数ごとの支給月数。自己都合と会社都合で差があるか
- 受け取り方の選択肢:一時金のみか、年金選択があるか
- 企業型DCの有無:ある場合は運用先と残高を確認
- 退職金がない場合の備え:クリニックや小規模施設には退職金制度がないこともある。iDeCoや積立NISAで自分の退職金を作る発想が重要(→ NISA・iDeCoの記事)
まとめ
- 退職金を一時金で受け取ると、退職所得控除+1/2課税の大きな優遇がある。
- 退職所得控除は勤続20年以下で年40万円、20年超で年70万円ずつ増える。
- 多くの場合、年金(分割)より一時金(一括)のほうが手取り総額は多い。
- 医療職は基本給連動型が多く、基本給が低い職場は退職金も少なくなる。
- 転職が多い業界だからこそ、退職金だけに頼らず、NISAやiDeCoで自分の退職金を積み立てる視点も大切。
退職金は、長く働いた報酬であると同時に、老後資金の大きな柱です。「もらったときに考えればいい」ではなく、いまの職場の制度を知っておくことが、将来の手取りを守る第一歩になります。
本記事は2026年(令和8年)の制度にもとづく一般的な情報です。退職所得の詳細は国税庁「No.1420 退職金を受け取ったとき」をご参照ください。本記事は税務・労務の助言ではありません。