歯科医師の年収・手取り
勤務医と開業医、そして「開業の手残り」の現実
歯科医師は、6年制の歯学部と国家試験を経て免許を得る専門職で、平均年収は全産業平均より高い水準にあります。ただし「歯科医師の年収」と一口に言っても、実際の金額は勤務医か開業医かで大きく分かれ、さらに地域や経営状況によっても幅が出ます。とくに開業医の場合、診療所の売上(医業収益)と院長個人の手取りはまったく別の数字です。
この記事では、厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和6年)と「医療経済実態調査」「医療施設調査」といった公的統計をもとに、勤務歯科医の初任給から経験での伸び、開業歯科医の収支、地域差、そして「コンビニより多い」とも言われる歯科医院の競争環境までを整理します。あわせて、額面と手取りの違いも押さえます。
「歯科医師の平均年収(約1,135万円)」という統計値を出発点に、勤務医・開業医それぞれで自分の年収がどのあたりかをつかみ、開業医は「売上」ではなく経費・借入返済後の手残りで考える視点を持つこと。額面から手取りへの換算は 手取りシミュレーター で確認できます。
歯科医師全体の平均年収はどのくらい?
厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和6年)によると、歯科医師(企業規模計)の平均年収はおおむね1,135万円前後です(きまって支給する現金給与額の月額×12に年間賞与その他特別給与額を加えた概算、男女計)。男女別では男性が約1,300万円、女性が約716万円と差が大きく出ていますが、これは能力差ではなく、後述するように勤続年数・常勤比率・開業の有無などの働き方の違いが反映された結果と考えられます。
注意したいのは、この賃金構造基本統計調査の数値は基本的に「雇われて働く人(雇用労働者)」を対象とした集計だという点です。つまり個人で開業している院長の所得はこの平均には十分に反映されておらず、開業医の収支は「医療経済実態調査」という別の統計で見る必要があります。同じ「歯科医師の平均年収」でも、見ている統計によって意味が違うことを最初に押さえておきましょう。
賃金構造基本統計調査=主に勤務者の給与、医療経済実態調査=診療所の収支から見た院長の所得。ネットで見かける「歯科医師の年収」は、どちらの統計をもとにしているかで数字がかなり変わります。勤務医の相場を知りたいのか、開業の手残りを知りたいのかで、見るべき統計が違うと考えてください。
勤務歯科医|初任給から経験での伸び
まずは雇われて働く勤務歯科医から見ていきます。賃金構造基本統計調査(令和6年)では、経験年数0年(就職初年度)の歯科医師の年収は、所定内給与の月額や賞与から概算するとおおむね290万円前後です。これは「研修医・経験浅い時期の数字」であり、ここから経験を積むにつれて段階的に上がっていきます。
年齢別に見ると、30代後半で1,000万円台、40〜50代でさらに伸びる傾向が読み取れますが、ここには勤務医だけでなく開業医に近い層も混ざるため、純粋な勤務医の相場としては、求人水準などから常勤勤務医でおおむね年収600〜900万円程度が一つの目安と考えられます。歯科医師として働き始めるまでの道のり(歯学部6年・国家試験・臨床研修)も、就職後の年収イメージとあわせて把握しておくとよいでしょう。
| 区分 | 年収の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| 初年度(経験0年・研修期) | 約290万円前後 | 賃金構造基本統計調査の経験0年の概算。研修先・雇用形態で差。 |
| 勤務歯科医(経験を積んだ常勤) | 約600〜900万円 | 勤務先・地域・診療科目・歩合の有無で幅。チェーン・自費中心だと上振れも。 |
| 歯科医師全体の平均(統計値) | 約1,135万円 | 賃金構造基本統計調査(令和6年)。開業院長含む高所得層が平均を押し上げる面。 |
| 開業歯科医(院長の所得目安) | おおむね1,200万円台〜 | 医療経済実態調査ベース。経費・借入返済後の手残りは別途要確認(後述)。 |
※厚生労働省「賃金構造基本統計調査」(令和6年)・「医療経済実態調査」および求人水準をもとにした目安です。地域・勤務先・経営状況で大きく変わります。
勤務歯科医の年収を左右するのは、勤務先(個人歯科医院かチェーン・法人か)、保険診療中心か自費(インプラント・矯正・審美など)の比率が高いか、そして歩合(売上に応じた報酬)の有無です。自費診療の比率が高い医院や、歩合制で売上を伸ばせる環境だと、勤務医でも年収が大きく上振れすることがあります。
開業歯科医|「売上」ではなく「手残り」で見る
開業歯科医を考えるうえで最も大切なのは、診療所の売上(医業収益)と、院長個人の手取りはまったく別物だということです。厚生労働省「医療経済実態調査」(第24回・令和5年実施)では、個人立の歯科診療所の医業収益は1施設あたり平均でおおむね4,700万円規模、そこから人件費・材料費・家賃・設備費などを差し引いた院長の損益差額(≒院長の所得に相当)は年1,200万円台という水準が示されています(損益差額率は約26%)。なお、この損益差額には開設者(院長)の報酬に相当する部分のほか、設備の更新に充てる内部資金が含まれる点に注意が必要です。
つまり、「売上5,000万円の医院」でも、院長の手元に残る所得はその4分の1程度ということです。さらに、開業初期は開業時の借入(ユニット・レントゲン・内装などの設備投資)の返済が重くのしかかります。損益差額が出ていても、そこから借入の元本返済や個人の税金・社会保険を払うと、実際に自由に使えるお金(手残り)はさらに小さくなります。実際、同じ調査では損益差額が500〜750万円台にとどまる個人歯科診療所も少なくなく、平均値だけで「開業すれば1,200万円残る」と考えるのは禁物です。
医業収益(売上)→経費を引いた損益差額(院長の所得)→さらに借入元本の返済・税金・社会保険を引いた手残り、と段階的に目減りします。開業を検討するなら、華やかな売上額ではなく「毎月いくら自由に使えるお金が残るか」で考えること。開業資金と返済計画の立て方は クリニック開業の資金計画 で詳しく解説しています。
「コンビニより多い」歯科医院|競争環境を数字で見る
歯科医院は「コンビニより多い」とよく言われます。厚生労働省「医療施設調査」(令和6年)によると、全国の歯科診療所はおおむね6万6千施設前後(66,378施設)で推移しており、これは大手コンビニ各社の合計店舗数(全チェーン計でおおむね5万数千店)を上回る規模です。人口あたりで見ても、歯科医院の数は決して少なくありません。なお歯科診療所数は近年わずかに減少傾向にあります。
この供給の多さは、開業医にとっては競争環境の厳しさを意味します。近隣に複数の歯科医院があるエリアでは、患者の取り合いになりやすく、立地・診療内容・予約の取りやすさなどで差別化できないと、思うように患者が集まらないこともあります。一方で、歯科医院が相対的に少ない地域では、開業しやすく安定した患者基盤を築きやすい、という地域差もあります。
歯科医院の総数が多いのは事実ですが、地域・診療内容によって状況は大きく異なります。都市部は競争が激しい一方で自費診療の需要も大きく、地方は競争が緩やかな代わりに人口減の影響を受けやすい。「コンビニより多い」という言葉に過度に怯えず、自分が開業・勤務するエリアの実態で判断することが大切です。
地域差|どこで働くかで年収は変わる
歯科医師の年収には地域差があります。一般的には、自費診療の需要が大きく単価を上げやすい都市部のほうが、勤務医の給与水準や開業医の売上が高くなりやすい傾向があります。ただし都市部は歯科医院の数も多く競争が激しいため、「年収が高い=楽に稼げる」わけではありません。
逆に地方は、競争が緩やかで開業時の固定費(家賃など)も抑えやすい一方、人口減少や患者数の頭打ちというリスクがあります。勤務医として地方の歯科医院に勤める場合、人手不足を背景に好条件が提示されることもあります。地域による給与差の考え方は、看護師を例にした 都道府県別の給与差 も参考になります(職種は違っても、都市部と地方で水準が動く構造は共通です)。
額面と手取りは別物|引かれるお金の中身
ここまでの年収はすべて「額面」です。勤務歯科医として給与を受け取る場合、実際に口座に入る手取りは、額面から社会保険料と税金が引かれた金額になります。引かれるのは次の5つで、これは歯科医師に限らず勤務者全員に共通の仕組みです。
- 健康保険料(40歳以上は介護保険料も上乗せ)
- 厚生年金保険料
- 雇用保険料
- 所得税
- 住民税
結果として、手取りは額面のおよそ75〜80%に落ち着きます。「ざっくり8割」と覚えておくと見積もりが速くなります。ただし歯科医師は年収が高くなりやすく、年収が上がるほど所得税の累進で手取り率は下がります。年収1,000万円を超えると、手取り率は70%台前半まで下がることもあります。引かれるお金の中身は 「手取りはなぜ額面の8割なのか」 で1項目ずつ解説しています。
| 額面年収(例) | 手取り年収の目安 | 月あたり(賞与込みを12等分) |
|---|---|---|
| 約600万円(勤務医・中堅) | 約460〜470万円 | 約38〜39万円 |
| 約800万円(勤務医・上位) | 約600〜610万円 | 約50万円 |
| 約1,135万円(歯科医師の平均水準) | 約800〜830万円 | 約67〜69万円 |
※単身・40歳未満の勤務者を想定したおおよその目安です。扶養家族や各種控除で手取りは変わります。開業医(個人事業主)は経費・所得控除・事業形態によって税負担の計算が大きく異なるため、上表はあくまで勤務者の参考値です。
勤務医は「額面の約8割」で見積もれますが、開業医は給与所得者ではなく事業所得者です。損益差額(所得)から所得税・住民税・国民健康保険・国民年金などを払う形になり、経費の使い方や法人化の有無で手取りは大きく変わります。開業医は「売上→所得→税・社会保険後の手残り」を、自分の数字で個別に把握することが欠かせません。
勤務歯科医の手取りは、額面と年齢を入れるだけで概算できます → 手取りを計算 →
歯科衛生士・歯科技工士との関係
歯科医院は、歯科医師だけでなく歯科衛生士・歯科技工士といった専門職に支えられて成り立っています。開業医にとって、これらのスタッフの人件費は経費の大きな部分を占め、採用難(とくに歯科衛生士の確保)は経営に直結する課題です。勤務医として働く場合も、チームのスタッフとどう連携するかが日々の診療を左右します。
歯科衛生士・歯科技工士の年収や手取りの相場については 歯科衛生士・歯科技工士の年収・手取り でまとめています。歯科医院全体の人件費構造を理解するうえでも、あわせて確認しておくとよいでしょう。
歯科医師が収入を考えるときのポイント
歯科医師の収入は、看護師の夜勤手当のように「働く回数で動く」構造ではありません。だからこそ、長期的に収入を考えるときは次の視点が現実的です。
1. 勤務医は「自費比率・歩合・勤務先」で動く
同じ勤務歯科医でも、保険診療中心か自費診療(インプラント・矯正・審美など)の比率が高いか、歩合制かどうかで年収は変わります。技術を磨いて自費診療を任される、あるいは歩合のある医院を選ぶことが、勤務医として年収を上げる現実的なレバーになります。
2. 開業は「売上」より「手残りと返済計画」で判断する
開業は収入の上限を押し上げる可能性がある一方、設備投資・借入・スタッフ人件費・競争環境というリスクを背負います。判断の軸は「売上がいくらになるか」ではなく、「経費と借入返済を引いた後、毎月いくら残るか」。開業資金と返済の組み立ては クリニック開業の資金計画 で具体的に解説しています。
3. 転職するなら「手取りと総合条件」で比べる
勤務先を変えて条件を整えるのも一つの方法です。ただし大事なのは「提示された額面」ではなく手取りと総合条件。提示年収が高くても、歩合の変動が大きかったり、固定残業込みだったりすると、実際の手取りは思ったほど増えません。年収・賞与・歩合・勤務日数・自費比率まで含めて、手取りベースで比べることが後悔しないコツです。職種別の転職サービスは 転職サイトの選び方 で中立に比較しています。
提示年収に賞与・歩合が含まれているか/歩合の計算方法と実績/固定残業時間/自費診療の比率と任せてもらえる範囲/勤務日数・診療時間/開業を見据えた経験が積めるか。これらをそろえて初めて、勤務先どうしを正しく比べられます。
まとめ
- 歯科医師全体の平均年収は約1,135万円(賃金構造基本統計調査・令和6年)。ただしこれは主に勤務者ベースの統計値で、開業医の収支は医療経済実態調査で別に見る。
- 勤務歯科医は初年度約290万円前後から始まり、経験を積んだ常勤でおおむね600〜900万円が目安。自費比率・歩合・勤務先で動く。
- 開業歯科医は「売上≠年収」。個人歯科診療所の院長の損益差額は年1,200万円台が平均的な目安だが、ばらつきが大きく、借入返済・税・社会保険を引いた手残りで判断する。
- 歯科医院は約6万6千施設で「コンビニより多い」競争環境。都市部は競争が激しく、地方は競争が緩い一方で人口減リスク、という地域差がある。
- 勤務医の手取りは額面の約75〜80%。開業医(個人事業主)は税・社会保険の計算が勤務医と異なり、個別に手残りを把握する必要がある。
統計の平均はあくまで出発点です。勤務歯科医なら 手取りシミュレーター に自分の額面を入れて「実際にいくら残るのか」を、開業を考えるなら 開業の資金計画 で「返済後にいくら残るのか」を、それぞれ自分の数字で確かめるところから始めてみてください。
出典:厚生労働省「令和6年賃金構造基本統計調査」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/chingin/kouzou/z2024/index.html)/厚生労働省・中央社会保険医療協議会「第24回医療経済実態調査(医療機関等調査)報告(令和5年実施)」(https://www.mhlw.go.jp/bunya/iryouhoken/database/zenpan/jittaityousa/dl/24_houkoku_iryoukikan.pdf)/厚生労働省「令和6(2024)年医療施設(動態)調査・病院報告の概況」(https://www.mhlw.go.jp/toukei/saikin/hw/iryosd/24/)
本記事の年収・収支は上記の公的統計および求人水準をもとにした全国の目安で、2026年(令和8年)の税・社会保険制度にもとづく一般的な情報です。実際の給与・所得・手取りは勤務先・地域・経営状況・個々の事情で異なり、開業医の収支は売上・経費・借入により大きく変動します。本記事は税務・労務・経営・投資の個別助言ではありません。正確な金額や最新の制度は、勤務先・一次情報(厚生労働省等)・税理士などの専門家にご確認ください。