医療と制度

資産管理会社という選択肢
高所得な医師の節税と資産防衛

2026年6月9日 更新 / メディカルマネー編集部 / 監修:黒田律(内科医・産業医) / 上級者向け

所得が一定を超えると、個人の所得税・住民税の最高税率は合計で最大55%に達します。診療のかたわら不動産を持ち、株式の配当や原稿・講演の収入もある——そんな高所得の医師が次に検討するのが「資産管理会社」という選択肢です。

資産管理会社は、節税の魔法の杖ではありません。使いどころを間違えれば、設立・維持コストや社会保険の負担、さらには税務調査での否認リスクだけが残ります。とりわけ重要なのは、勤務医の給与そのものは法人化できないという点です。この前提を外すと、話が一気に的外れになります。

この記事では、資産管理会社の仕組みとメリット・デメリットを、煽らずデータに即して整理します。最後まで読めば、「自分は検討する価値があるのか」を冷静に判断できるはずです。

この記事のゴール

資産管理会社の5つのメリットと、コスト・社会保険・税務リスクという現実的なデメリットを理解し、「自分の所得構成で検討に値するか」を判断できるようになること。あわせて、勤務医の給与は法人に移せないという原則を正しくおさえること。

資産管理会社とは — 個人の資産を法人で持つ・運用する

資産管理会社とは、個人が持つ資産(不動産・株式・その他の収益源)を管理・運用する目的で設立する会社のことです。事業として診療を行う医療法人とは目的が異なり、あくまで「資産の入れ物」として使います。形態は合同会社または株式会社が一般的です。

イメージとしては、これまで個人名義で受け取っていた家賃や配当などの収入を、自分が設立した会社の収入に切り替える、というものです。会社が得た利益には法人税がかかり、そこから家族役員への報酬や経費を差し引いた残りが内部に留保されます。

項目個人で持つ場合資産管理会社で持つ場合
かかる税所得税+住民税(累進・最大55%)法人税等(実効 約23〜34%)
所得の分け方本人に集中家族役員へ報酬として分散可能
経費の範囲限定的個人より広い(役員報酬・退職金等)
資産の承継資産そのものを相続株式(持分)として計画的に移転
大前提:勤務医の給与は法人化できない

病院・クリニックから受け取る勤務医としての給与は、本人個人に帰属する所得です。これを資産管理会社の売上に付け替えることはできません。給与をそのまま法人収入にする節税は成立しないと考えてください。資産管理会社が意味を持つのは、給与とは別に不動産収入・配当・原稿料などがある場合です。

5つのメリット — 所得分散・税率差・経費・相続対策・損益通算

資産管理会社が高所得層で語られる理由は、主に次の5つに集約されます。いずれも「条件が揃えば」効くものであり、誰にでも当てはまるわけではない点を念頭に読んでください。

メリット内容
①所得分散家族を役員にして役員報酬を支払い、所得を分散。各人の給与所得控除を活用でき、世帯全体の税負担を下げやすい
②税率差個人の所得税最高税率(最大55%)に対し、法人の実効税率は約23〜34%。所得が大きいほど差が出る
③経費の範囲役員報酬・役員退職金・出張旅費規程など、個人より経費にできる範囲が広い
④相続対策資産を株式(持分)に変えて保有し、計画的に次世代へ移転しやすい
⑤損益通算・繰越法人内で各種損益を通算でき、欠損金は最大10年繰り越して将来の利益と相殺できる

① 所得分散と給与所得控除

個人で年800万円の不動産所得を1人で受け取ると、その全額に高い累進税率がかかります。これを法人化し、配偶者や成人した子を役員にして報酬を分けると、所得が複数人に分散され、各人で給与所得控除(令和8年分以後は最低74万円〜)や基礎控除を使えます。結果として、世帯合計の手取りが増えるケースがあります。

ただし、報酬は実際に職務の実態がある人に、職務内容に見合った金額を支払う必要があります。名前だけの役員に高額報酬を払えば、後述の通り否認の対象になります。

② 個人と法人の税率差

下のグラフは、課税所得が高い場合の「個人の最高税率」と「法人の実効税率」のイメージです。あくまで概念図ですが、所得が大きくなるほど両者の差が広がる、という構造を直感的に示しています。

個人(最高)
所得税+住民税 最大55%
法人(実効)
約23〜34%

※ 課税所得が高いほど差が出る概念図。実際の個人の税率は所得に応じた累進(5〜45%)+住民税約10%、法人実効税率は資本金・所得規模・地域により約23〜34%程度。図の比率は説明用です。

注意したいのは、これは「高い所得部分」を法人に移したときの比較だということです。個人の税率は累進なので、所得の低い部分には低い税率しかかかりません。法人に移すべきは、個人で受け取ると最高税率帯に乗ってしまう「上乗せ部分」の所得です。法人化全体の損得は 開業医の法人化ガイド もあわせてご覧ください。

③ 経費の範囲が広がる

法人では、役員報酬や役員退職金、出張旅費規程に基づく日当など、個人事業より幅広い支出を経費として扱えます。とくに役員退職金は、長期間かけて準備することで、受け取り時に退職所得控除という大きな優遇を使える可能性があります(退職金の課税は 退職金の受け取り方 を参照)。

④ 相続・贈与対策

不動産を個人でそのまま相続すると、評価額がそのまま相続税の対象になります。資産を法人に持たせ、その会社の株式(持分)を計画的に贈与・移転していくことで、承継をコントロールしやすくなります。相続・贈与の基礎は 相続・贈与の基礎知識 で解説しています。

⑤ 損益通算と繰越控除

法人では、保有する複数の資産から生じる損益を法人内で通算できます。さらに、ある年に生じた赤字(欠損金)は最大10年間繰り越し、将来の黒字と相殺できます。個人の損益通算・繰越よりも柔軟に使えるのが特徴です。

💡ポイント

5つのメリットは独立しているのではなく、組み合わさって初めて効果が大きくなるものです。逆に言えば、移せる所得が小さい・家族に役員適性がない・相続対策が不要、といった場合は、コストだけが先行します。自分の状況でどのメリットが効くのかを冷静に棚卸しすることが先決です。

向いている医師・向かない医師

資産管理会社は「高所得の医師なら誰でも作るべき」ものではありません。所得の中身によって、向き不向きがはっきり分かれます。

向いている向かない
所得の種類不動産収入・配当・原稿料・講演料など給与以外の所得がある収入がほぼ勤務先からの給与のみ
立場開業医、不動産オーナー医師、副業所得のある医師副業も不動産もない勤務医
移せる所得法人に移せる所得が概ね年数百万円以上移せる所得が少額
承継次世代への資産承継を計画したい承継の必要性が薄い
勤務医はとくに慎重に

くり返しになりますが、勤務医の給与は法人に付け替えられません。勤務医が資産管理会社を作って意味があるのは、給与とは別に不動産収入や副業所得がある場合に限られます。それらがない勤務医が「節税になるらしい」というだけで設立すると、移せる所得がないままコストと事務負担だけを抱えることになります。資産管理会社は基本的に開業医・不動産オーナー医師向きと理解しておきましょう。

不動産収入を前提に検討する場合は、そもそもの不動産投資の採算とリスクを先に押さえておく必要があります。不動産投資入門 もあわせてご確認ください。

デメリットとコスト — 設立維持費・社会保険・事務・税務リスク

メリットの裏には、必ずコストとリスクがあります。資産管理会社の「効果」を語るときは、必ずこちら側とセットで天秤にかけてください。

デメリット内容
設立コスト登記費用(合同会社で実費数万円〜、株式会社はより高め)、専門家への依頼料
維持コスト法人住民税の均等割が赤字でも年7万円〜、税理士顧問料(年数十万円規模になることも)
社会保険役員報酬を支払うと社会保険の加入義務が生じ、会社負担分のコストがかかる
事務負担法人の経理・申告・議事録など、個人にはなかった事務が継続的に発生
税務リスク実態のない会社・不相応な報酬は税務調査で否認されうる

とくに見落とされやすいのが社会保険です。役員報酬を出せば社会保険への加入義務が発生し、保険料の会社負担分が固定費として乗ってきます。節税効果の一部が社会保険料で相殺される、という構図は珍しくありません。社会保険の基本は 社会保険のしくみ入門 を参照してください。

💡ポイント

維持コストは「黒字でも赤字でも毎年かかる固定費」です。均等割・税理士報酬・社会保険の会社負担を合計すると、年間で数十万円規模になることもあります。この固定費を上回る節税メリットが継続的に出るかが、設立判断の核心です。

どのくらいの所得から検討する? — 目安と損益分岐

はっきりした「いくらから」という法律上の線引きはありませんが、実務上の目安はあります。一般に、法人へ移せる所得(給与以外の所得)が概ね年数百万円以上あって初めて、法人化のメリットが維持コストを上回りやすくなる、とされています。

損益分岐の考え方はシンプルです。

比較する要素個人のまま法人化
税負担移す所得に最高税率(最大55%)実効 約23〜34%+報酬への所得税
固定費ほぼなし均等割・税理士・社会保険(年数十万円規模)
有利になる条件移せる所得が少ない(税率差による節税額) > (固定費の増分)

つまり、「税率差で浮く金額」が「増える固定費」を継続して上回るかが分岐点です。移せる所得が小さいうちは、固定費負けして手取りがむしろ減ります。所得が大きく、かつ家族への所得分散も効く場合に、はじめて差が明確になります。

まず自分の額面から手取りを確認 → 手取りシミュレーター

設立の流れと専門家の活用

設立を本格的に検討する段階になったら、自己流で進めず税理士(必要に応じて司法書士)と組むのが現実的です。所得構成や家族構成によって最適な形態・報酬設計が変わるため、設計の巧拙がそのまま損得を左右します。

ステップ内容
1. 形態を決める合同会社は設立費用が安く手軽。株式会社は信用力・将来の自由度が高い
2. 設計する誰を役員にし、いくら報酬を出すか。社会保険・税負担を含めて税理士と試算
3. 登記する定款作成・登記申請(司法書士に依頼することが多い)
4. 運用を始める資産の移転、口座開設、経理体制の整備。以後は毎期の申告・記帳
合同会社という手軽な入口

資産管理目的であれば、外部出資や上場を想定しないことがほとんどです。その場合、合同会社は設立費用が抑えられ、運営もシンプルで相性が良い形態です。ただし「安く作れる」ことと「作るべき」ことは別問題。形態選びの前に、そもそも法人化すべきかを税理士と確認してください。

やってはいけないこと — 否認リスクと過度な節税

資産管理会社で最も避けたいのは、節税だけを目的にした実態のない会社を作ってしまうことです。税務署は「事業や資産管理の実態があるか」「報酬や経費が職務・取引に見合っているか」を見ています。

否認されやすい典型例

次のようなケースは、税務調査で経費・報酬が否認され、追徴課税につながるおそれがあります。

  • 資産も活動もないペーパーカンパニーに所得だけを付け替える
  • 職務の実態がない家族に高額の役員報酬を支払う
  • 私的な支出を会社経費として過大に計上する
  • 勤務医の給与を法人収入に偽装しようとする(そもそも成立しない)

節税は「制度の範囲内で合理的に行う」ものであって、無理に税負担をゼロへ近づけようとするほどリスクが高まります。当サイトは特定の節税スキームを推奨しません。判断に迷う設計は、必ず税理士に相談してください。医療職全般の現実的な節税手段は 医療職の節税対策すべて にまとめています。

💡ポイント

「実態のある資産管理」「職務に見合った報酬」「適正な経費」——この3点を守れるかが、安全に運用できるかの分かれ目です。少しでもグレーだと感じる設計は、短期の節税額より後日の追徴・信用リスクの方が大きくなりがちです。

まとめ

  • 資産管理会社は、不動産・株式などの個人資産を法人で持つ・運用するための会社(合同会社/株式会社)
  • メリットは①所得分散②税率差(法人実効 約23〜34% < 個人最高55%)③広い経費④相続対策⑤損益通算・最大10年の繰越
  • 勤務医の給与は法人化できない。意味があるのは給与以外に不動産収入・配当・原稿料などがある場合で、基本は開業医・不動産オーナー医師向き
  • デメリットは設立維持コスト(均等割 年7万円〜・税理士報酬)・社会保険の加入義務・事務負担・税務調査での否認リスク
  • 目安は移せる所得が概ね年数百万円以上。「税率差で浮く額」が「増える固定費」を継続して上回るかが損益分岐
  • 実態のないペーパーカンパニーや過度な節税は否認リスクが高い。必ず税理士に相談して設計する

資産管理会社は、条件が揃った高所得層にとって有力な選択肢ですが、万人向けの裏技ではありません。まずは 手取りシミュレーター で現状を把握し、法人化全体の判断は 開業医の法人化ガイド、相続まで含めた設計は 相続・贈与の基礎知識 を参考に、最終的な可否は専門家とともに見極めてください。


本記事は2026年(令和8年)時点の制度にもとづく一般的な情報であり、特定の節税スキームを推奨するものではありません。法人実効税率・所得税の累進税率・法人住民税均等割・社会保険の取扱いは、資本金・所得規模・地域・家族構成・報酬設計により異なります。記載の税率・金額は概算・目安であり、実際の税額・有利不利を保証するものではありません。資産管理会社の設立可否や設計は、税負担だけでなく社会保険・事務負担・税務リスクを総合して判断する必要があります。個別の判断は、税理士・司法書士などの専門家および国税庁の公式情報をご確認ください。本記事は税務・投資・経営に関する助言ではありません。

監修・運営:黒田 律(くろだ りつ)

内科医・産業医(医師8年目)/投資家

地方の病院で内科診療を続けながら、産業医として「働く人の心身とお金」に向き合う医師。記事は税・制度などを公的な一次情報で確認し、医療・制度面を監修しています。運営者・編集方針について →