iDeCoの出口戦略
受け取り方で税金が大きく変わる【2026年10年ルール対応】
iDeCo(個人型確定拠出年金)は「積み立てるとき」の節税ばかりが注目されます。掛金が全額所得控除になり、運用益も非課税――ここまでは多くの人が知っています。ところが、受け取るとき(出口)にも税金がかかることは、意外と見落とされがちです。
しかもこの出口の税金は、受け取り方を選ぶだけで数十万円の差が生まれることがあります。とくに勤務先から退職金が出る勤務医や大病院の職員は、退職金とiDeCoを「いつ・どの順番で」受け取るかで手取りが大きく変わります。
そして2026年1月から、その受取順序のルールが改正されました。従来の「5年ルール」が「10年ルール」に変わり、これまで有効だった節税の合わせ技が使いにくくなっています。この記事では、iDeCoの3つの受け取り方と、2026年改正のポイントを医療職の現場目線で整理します。
iDeCoの3つの受け取り方(一時金・年金・併用)の税制を理解し、退職金との受取順序に関する2026年の「10年ルール」改正をふまえて、自分にとって有利な出口戦略の方向性を判断できるようになること。
iDeCoは「出口」で差がつく — 3つの受け取り方
iDeCoで積み立てた資産(年金資産)は、原則60歳以降に受け取れます。受給を開始できる時期は60〜75歳の間で選べます(2022年の改正で、従来の70歳までから75歳までに延長されました)。受け取り方には、大きく3つの選択肢があります。
| 受け取り方 | 税制上の扱い | 適用される控除 |
|---|---|---|
| ①一時金 | 退職所得(分離課税) | 退職所得控除 |
| ②年金(分割) | 雑所得(公的年金等) | 公的年金等控除 |
| ③併用 | 一部を一時金、残りを年金 | 両方を組み合わせ |
ポイントは、一時金と年金で「使う控除がまったく違う」ことです。一時金は退職金と同じ「退職所得控除」、年金は公的年金と同じ「公的年金等控除」を使います。どちらが有利かは、退職金の有無・公的年金の額・受け取る年齢によって変わります。だからこそ、出口は「なんとなく一時金」では損をすることがあるのです。
iDeCoの「入口」(積立時の節税)については 医療職のNISA・iDeCo入門 で解説しています。この記事はその続編として「出口」に焦点を当てます。まだiDeCoを始めていない方は、入口の記事から読むのがおすすめです。
一時金で受け取る — 退職所得控除のしくみ
もっとも多く選ばれているのが、まとまった金額を一度に受け取る一時金です。このとき適用されるのが退職所得控除で、税制上とても優遇されています。
退職所得控除額は「加入年数」で決まる
退職所得控除の額は、iDeCoの加入年数(掛金を払った期間)に応じて計算します。退職金の場合は勤続年数で計算しますが、iDeCoでは加入年数に置き換えて考えます。控除額は次のとおりです。
| 加入(勤続)年数 | 退職所得控除額の計算 |
|---|---|
| 20年以下 | 40万円 × 加入年数(最低80万円) |
| 20年超 | 800万円 + 70万円 ×(加入年数 − 20年) |
つまり、加入20年までは1年あたり40万円、20年を超えた分は1年あたり70万円ずつ控除枠が増えます。早く始めて長く続けるほど、出口の控除枠も大きくなる仕組みです。具体的な早見表は次のとおりです。
| 加入年数 | 退職所得控除額 |
|---|---|
| 10年 | 400万円 |
| 15年 | 600万円 |
| 20年 | 800万円 |
| 25年 | 1,150万円 |
| 30年 | 1,500万円 |
| 35年 | 1,850万円 |
さらに「1/2課税」の優遇がある
退職所得控除を引いてもなお残額がある場合、その全額に課税されるわけではありません。退職所得は次の式で計算され、残額の半分(1/2)だけが課税対象になります。
退職所得 =(収入金額 − 退職所得控除額)× 1/2
この退職所得に対して、給与など他の所得とは分けて税額を計算します(分離課税)。控除+1/2課税+分離課税という三重の優遇により、一時金は税負担が非常に軽くなりやすいのです。
たとえば加入30年でiDeCoを1,000万円受け取る場合、退職所得控除1,500万円が収入1,000万円を上回るため、課税対象はゼロ=所得税・住民税は非課税になります。これが一時金の強みです。ただし、退職金とiDeCoを同じ控除枠で取り合うと話が変わります。その点は後半で詳しく解説します。
年金で受け取る — 公的年金等控除と注意点
もうひとつの選択肢が、資産を分割して年金形式で受け取る方法です。多くの運営管理機関では5年〜20年の期間で、年1回・年2回などに分けて受け取れます。このとき適用されるのが公的年金等控除です。
公的年金等控除のしくみ
年金として受け取るiDeCoは、公的年金(老齢基礎年金・老齢厚生年金)と合算して「公的年金等の雑所得」として扱われます。65歳以上の場合、公的年金等の収入が年110万円までは公的年金等控除でカバーされ、その範囲なら所得は発生しません。
公的年金等控除はiDeCo単独の枠ではなく、公的年金と合算で判定されます。医療職は厚生年金に長く加入する人が多く、すでに公的年金だけで年110万円の枠を使い切っているケースが少なくありません。その場合、iDeCoを年金で受け取るとそのほぼ全額が課税対象になり、所得税・住民税に加えて国民健康保険料・介護保険料の算定にも影響することがあります。
年金受け取りは「手数料」と「社会保険料」にも注意
年金形式は受け取りのたびに給付手数料(1回あたり数百円程度)がかかります。受け取り回数が多いほど積み重なるため、長期分割では無視できません。また前述のとおり、年金所得が増えると社会保険料の負担が上がる可能性もあります。「分割すれば安心」と単純には言えない点に注意が必要です。
公的年金そのものの受給額の目安は 年金のしくみと受給額 で確認できます。自分の公的年金が公的年金等控除の枠(65歳以上で年110万円)に対してどのくらいかを把握しておくと、iDeCoを年金で受け取る余地があるかどうかの判断材料になります。
【最重要】2026年の「10年ルール」改正 — 退職金とiDeCoの受取順序
ここからがこの記事の核心です。一時金で受け取る場合、退職金とiDeCoが同じ「退職所得控除」を取り合うという問題があります。そして2026年1月、そのルールが大きく変わりました。
なぜ「受取順序」が問題になるのか
退職金とiDeCo一時金を同じ年(または近い年)に受け取ると、退職所得控除は2つ分もらえるわけではなく、1つの枠を合算した収入で計算します。たとえば退職金1,500万円とiDeCo1,000万円を同年に受け取れば、合計2,500万円に対して控除枠を当てはめるため、控除が足りず課税される部分が増えてしまいます。
そこで以前は、受け取る年をずらすことで、それぞれに退職所得控除をフルに使う工夫が知られていました。これが俗に言う「ずらし戦略」です。
従来の「5年ルール」から「10年ルール」へ
iDeCoを先に受け取り、その後に退職金を受け取るケースでは、これまで5年あければ両方で退職所得控除をフル活用できました(いわゆる「5年ルール」)。法令上は「前年以前4年以内」に退職所得を受けているかどうかで重複を調整する規定でした。
しかし2026年1月1日以降に支払われる退職一時金から、この期間が延長されました。「前年以前4年以内」が「前年以前9年以内」に変わり、実質的に「5年ルール」が「10年ルール」になったのです。
iDeCo一時金を先に受け取ってから退職金を受け取る場合、退職金を受け取る年の前年から遡って9年以内にiDeCoの一時金を受け取っていると、加入期間と勤続期間の重複期間が退職所得控除の調整対象となり、控除をフルに活用できません。つまり、iDeCoを先に受け取るなら、退職金まで10年以上あける必要があります(従来は5年でした)。
順序が逆なら「19年ルール」
反対に、退職金を先に受け取り、iDeCo一時金を後で受け取る場合は、調整期間がさらに長く、19年ルールが適用されます。退職金受給の前年以前19年以内(前年以前14年以内→改正で延長)にiDeCoを受け取るかどうかで調整されるため、こちらの順序ではフル活用のハードルが非常に高くなります。
| 受け取る順序 | 必要な間隔(改正後) | 改正前 |
|---|---|---|
| iDeCo → 退職金(iDeCoが先) | 10年(前年以前9年以内を調整) | 5年 |
| 退職金 → iDeCo(退職金が先) | 19年(前年以前19年以内を調整) | 14年 |
現実的におすすめしやすいパターン
制度上、iDeCoを先に受け取るほうが必要な間隔が短い(10年)ため、合わせ技を狙うなら次の流れが現実的です。
- 60歳でiDeCoを一時金として受け取る(このタイミングで退職所得控除をフル活用)
- 10年以上あけて、70歳以降に退職金(または企業型DC)を受け取る(退職金側でも控除をフル活用しやすい)
iDeCoの受給開始は最長75歳まで先延ばしでき、退職金も会社の規定によっては受取時期に幅があります。退職金の支給時期は勤務先の規程で決まるため自分だけでは動かせないこともありますが、「iDeCoを先に・退職金を後に・間を10年以上あける」という方向性を頭に入れておくと、出口の選択肢が広がります。
医療職の最適な受け取り戦略
「10年ルール」をふまえた出口戦略は、勤務先の退職金がどのくらい出るかで考え方が変わります。医療職を大きく2つのタイプに分けて整理します。
タイプA:会社員的な退職金がある勤務医・大病院職員
公的病院・大学病院・大手医療法人などでは、勤続に応じたまとまった退職金が出ることがあります。このタイプは退職金だけで退職所得控除を使い切る、あるいは超えることが多いため、iDeCoまで同じ年に一時金で受け取ると控除が足りず課税されがちです。
- 受取順序をずらすのが有効:iDeCoを60歳で先に一時金受取 → 退職金は10年以上あけて後から
- ずらせない場合は、iDeCoを年金形式で受け取り、退職所得控除の取り合いを避ける選択も検討
- 退職金の一時金 vs 年金の比較は 医療職の退職金|一時金と年金どちらが有利? をあわせて確認
タイプB:退職金が薄い/ない職場の医療職
中小クリニック・個人開業医のもとで働く場合や、非常勤中心のキャリアでは、退職金がほとんど出ないこともあります。このタイプは退職所得控除の取り合いが起きにくいため、話はシンプルです。
- iDeCoを一時金で受け取れば、加入年数ぶんの退職所得控除をそのまま使える(取り合う相手がいない)
- 控除を超える分があれば、超過分だけ年金形式と併用して公的年金等控除も活用する手もある
- 公的年金が少なめなら、年金受け取りで公的年金等控除の枠(65歳以上で年110万円)を使う余地が大きい
「一時金か年金か」の二択で考えがちですが、併用という選択肢があります。たとえば退職所得控除に収まる範囲だけを一時金で受け取り、残りを年金で公的年金等控除の枠に当てる――こうすれば両方の控除を無駄なく使えます。退職金の額・公的年金の見込み額・加入年数を並べて、自分のケースで控除枠が余るか不足するかを確認するのが出口戦略の第一歩です。
シミュレーション例 — 受取順序で手取りが変わる
イメージをつかむため、iDeCo1,000万円を一時金で受け取るケースで、受取順序による違いを単純化して見てみましょう(実際は退職金額・他の所得・年度で変わるため、あくまで概算イメージです)。
ケース1:iDeCo単独で一時金(取り合う退職金がない)
加入30年でiDeCo1,000万円を受け取る場合、退職所得控除は1,500万円。収入1,000万円 < 控除1,500万円のため課税対象はゼロ、税額0円です。退職金との取り合いがなければ、一時金は極めて有利になります。
ケース2:退職金1,500万円と「同じ年」に受け取る
退職金1,500万円とiDeCo1,000万円を同年に一時金で受け取ると、合算した2,500万円に対して退職所得控除(勤続年数で計算)を当てはめます。仮に控除が1,850万円(勤続35年相当)だとすると――
- 退職所得 =(2,500万 − 1,850万)× 1/2 = 325万円
- この325万円に所得税・住民税がかかり、ざっくり数十万円規模の税負担が発生
ケース3:iDeCoを先に・退職金を10年以上あけて受け取る
iDeCoを60歳で先に受け取り、退職金を10年以上あけて受け取れば、「10年ルール」を満たして重複調整を回避できます。iDeCo側でも退職金側でもそれぞれ退職所得控除を使えるため、同年受取(ケース2)に比べて課税対象を大きく圧縮できます。同じ1,000万円でも、順序を整えるだけで手取りが数十万円変わり得るわけです。
※受取順序による手取りの差のイメージ。実際の差額は退職金額・勤続年数・他の所得により変動します。
上の数字はしくみを理解するための単純化した概算です。実際には勤続年数、退職金の正確な額、その年の他の所得、復興特別所得税(所得税×1.021)などで税額は変わります。出口の判断は、運営管理機関の受取シミュレーションや勤務先の退職金規程、必要に応じて税理士など専門家への確認とあわせて行ってください。
毎月の積立額から将来の資産を試算 → NISA・iDeCo積立シミュレーター
まとめ
- iDeCoの受け取り方は3つ:①一時金(退職所得控除)②年金(公的年金等控除)③併用。使う控除がまったく違う
- 一時金は「退職所得控除+1/2課税+分離課税」で税負担が軽い。控除額は加入20年まで年40万円、20年超は年70万円
- 年金は公的年金と合算で公的年金等控除を判定(65歳以上は年110万円まで)。医療職は公的年金で枠を使い切りがちな点に注意
- 2026年改正:iDeCoを先に受け取る場合の「5年ルール」が「10年ルール」に。退職金の前年以前9年以内のiDeCo受取が重複調整の対象になる
- 退職金を先に受け取る逆の順序では19年ルールが適用され、フル活用のハードルは高い
- おすすめの方向性は「60歳でiDeCo一時金 → 10年以上あけて70歳以降に退職金」。受取順序を整えるだけで手取りが数十万円変わり得る
iDeCoは「入口」だけでなく「出口」まで設計してこそ効果を最大化できます。とくに退職金がある医療職は、2026年の10年ルールをふまえて受取順序を早めに考えておくことが大切です。入口の節税は NISA・iDeCo入門、上限額の改正は 企業型DC・iDeCoの上限改正ガイド、退職金の受け取り方は 退職金|一時金と年金どちらが有利?、公的年金の見込みは 年金のしくみと受給額 もあわせてご覧ください。
本記事は2026年(令和8年)6月時点の制度にもとづく一般的な情報です。退職所得控除・退職所得の計算は国税庁「退職金を受け取ったとき(退職所得)」、退職所得控除の調整(重複期間)に関する規定は所得税法施行令および2025年度税制改正大綱・関連法令によります。iDeCoの受給開始年齢・受け取り方は国民年金基金連合会(iDeCo公式サイト)の案内によります。公的年金等控除の額は国税庁「公的年金等の課税関係」によります。「5年ルール」「10年ルール」「19年ルール」は通称であり、法令上は退職所得控除の調整に関する年数規定(前年以前9年内・19年内)を指します。2026年1月1日以降に支払われる退職一時金から適用されます。具体的な税額は退職金額・勤続(加入)年数・受給年度・他の所得により異なります。個別の判断は運営管理機関の受取シミュレーション、勤務先の退職金規程、税務署・税理士など専門家の確認とあわせて行ってください。本記事は投資・税務の助言ではありません。